コラム「京都市バス赤字転落を受けて」
赤字転落100億円の真相
30年12月5日、京都新聞に「京都市バス赤字100億円超恐れ」という見出しが出て、市民の間に大きな波紋を呼んだ。記事には、15年連続黒字を計上していたバス事業が今後10年で巨額の経常赤字に陥ると続いていた。赤字になるには理由がある。
そもそも、赤字だった京都市バスが再生した理由は二つある。一つは人件費の削減や増客対策といった経営改革が軌道に乗ったこと。もうひとつは、「管理の受委託」という手法だった。この管理の受委託という制度が今回の話の肝なので、詳しく説明しておきたい。
管理の受委託というのは、平たく言うと民間委託だ。バスや路線そのものは京都市バスが保有、管理監督をするが、運行だけを民間に委託するという制度で、現在市バスの50%が民間バス会社に委託されている。バスブランドは京都市バスだが、中身は民間バス。企業でいうところのOEMだ。市バスの運転手は公務員なので、民間バスの運転手に比べ給与が高い。収益性が低い(利益を出しにくい)バス路線を、人件費の安い民間バス会社に委託してきたというのが管理の受委託だ。つまり、その官民格差を利用した制度である。
この数年、業界はバスの運転手不足に悩まされた結果、給与の引き上げを進めてきた。官民格差は縮小し、民間バス会社はこれまでの単価で委託を受けられる状況になくなってきた。全体の運転手不足で、民間バス会社は利益が出ない委託事業をやるよりも、本業の路線バスに運転手を回したいという事業者としては当然の選択をしたまでだ。これが、京阪バスとJRバスの管理の受委託撤退の理由だ。
そこで、京都市が取った手法は、時計の針を戻す「委託していたものを直営に戻す」という選択だった。当然、直営に戻すと高コストになる。加えて、これ以上撤退が相次がないように委託料金の引き上げを行った。これが赤字転落の理由である。
食い違う京都市と京阪バス
この時点で問題は3つある。
京都市交通局による京阪バスの撤退理由は「運転手が確保できない」「突如として契約更新を拒否された」という説明で、その後ありとあらゆるバス会社に委託を打診したとのことだった。しかし、引受先が全くなく直営に戻さざるを得ないとのことだったので、議会サイドも一定納得をしていた。しかし、私は当初から交通局の説明にいくつか疑義を感じていた。そこで、京阪バスをはじめバス事業者へヒアリングを実施していた。
京阪バスの言によれば、二年前から契約更新はしない旨を京都市交通局に話をしていたが、真に受けず、いざ契約更新の時期になり、更新しないとわかると「なぜやらないのだ?!」と責められ、その後態度が一変し、何とかしてほしいという姿勢に変わったという話だった。役所というところはそもそも委託先や下請け先に対して「仕事を与えてやっている」「いい仕事だろう」というお上思想が強い。事実、かつて公共事業は事業者にも旨味があった。しかし、昨今公共事業の旨味が減り(単価が安くなり)、入札をしても不調に終わることがしばしば起こるようになった。結果、態度が一変、高圧的から平身低頭「京都市の仕事をして下さい」という態度に変わる職員をしばしば見てきた。同様のことがあった可能性は否定できない。ただ、これについては交通局が真っ向から否定しており、真実は不明であり、これ以上真相追及は現実的でない為、可能性についてを述べるに留める。
ふたつめは、少しでも委託を維持させるために最大の努力をしてきたとのことだったが、追及していくと、一部の大手事業者にしか声を掛けていないことも発覚した。京阪バスが委託していた66両を丸ごと引き受けるには百人以上の職員が必要で、確かに大手にしか引き受けられない。しかし、そのうちの一部でも委託出来れば、直営化させる車両が減り、赤字を縮小できる。京都市内には路線バス事業を展開する事業者は12業者あるが、6事業者にしか声を掛けず、残りの6社には声すら掛けていない。この点を伏せて、最大限の努力をしてきたという交通局の便はいかにも都合のいい説明だと言える。
最後に大切なことだが、人不足が最たる理由だったが、人不足が全てではなかったという真実だ。京阪が撤退した最たる理由は人不足であることは事実だ。
三つめは、直営に戻す以外にやりようはなかったのかということだ。交通局が検討せねばならない選択肢は、実は4つある。委託維持の場合は、①委託先の拡大と②条件の変更、委託不可の場合は③直営、または④路線譲渡だ。条件変更は交渉過程で折り合いがつかなかった。交通局が直営で運行すると赤字に陥るが、低コストで経営できる民間バスが自ら運行するなら黒字運行ができる可能性は高い。究極的に言えば、公営の赤字は市民の税金で最終的に補てんせねばならない。しかし、民営で運行すればそうはならずにすむ。一方で、路線の民営化は減便や路線廃止のリスクも伴う。しかし、それは京都市も同じで、公営なら路線は維持されることを当局は強調するが、京都市交通局とて公営企業であり、乗降客数の少ない路線は改廃し、乗客の多い路線を増便するといったダイヤ改正を繰り返してきた。民間移譲でそれらが懸念されるとすれば、赤字路線だけを移譲すれば危険だが儲かる路線とセットで移譲すれば、そのリスクは相当軽減される。最悪、減便される場合は補助金で補てんしたほうが安い可能性も否めない。
にもかかわらず、この選択はそもそも検討俎上にもあがっていない。
直営を堅持したいというエゴだ。自らの権益を手放しに手放したがる者はいないだろう。市長、交通局はもちろんだが、自分たちの陳情を押し付ける議員側(「うちの地域のバス便を増やせ!」といったような)にしても、決して移譲は好ましい選択ではない。しかし、だとすれば直営で黒字化させるしかないはずだ。自分たちの力で黒字化できないからといって民間に委託することからはじまったのが、この管理の受委託の制度だ。自らが変われないなら、その議論をしなければならないのは自明の理だ。そして、管理の受委託をこれまで経営の前進だとするならば、今回の決断は後退だ。赤字に陥る今だからこそ、柔軟な発想で、方向転換が必要なのではないか。
京都市バスに未来はあるか
いずれにせよ、官民格差が縮小し、バスの運転手不足は今後も続く。今回の直営化に伴い、委託先の民間バス会社の運転手が随分京都市の採用試験を受け、採用されているという当然ながら、アベコベな事象も起きている。この傾向は今後ますます顕著になり、管理の受委託からの撤退は今後も続く可能性が極めて高い。役所が民間のおいしいところだけ吸い取って運行するという管理の受委託が既に制度破綻へカウントダウンしていると取るのが妥当だろう。実は、監督官庁である国土交通省でも管理の受委託を見直す動きもみられる。今後も今回の様に直営化へ戻せば、最後は再び100%直営の赤字公営交通に逆戻りになることは必定だ。しかも、雇用はひとたび採用すると定年まで最長40年続く。40年後、京都市交通局がバスを今と同じように運転手が運行しているかは甚だ疑問だ。
既に京都市は多くのバス事業者が協力しながら市民の足を維持している。近畿圏で市営バスが存在するのは、高槻、神戸、京都ぐらいで、他の街は民間バス会社が都市全体の公共交通を担っている。政令指定都市でも大半がそうなっている。大阪市はご存知の通り市バスの民営化に踏み切った。確実に公共交通は民間への流れになっている。厳しい財源の中で、市民の足を守る。誰がどうやっても赤字になるなら税金の補てんが検討されることはいい。しかし、別の者がやって赤字にならないならその方が市民にとってもいいはずだ。私は民間の力を信じている。今回のヒアリングで実感したことは、地元バス事業者は我々が思っている以上に地域主義的だったということだ。利益が出ないと結果的に倒産するので利益も大切だが、それ以上に「我々が市民の足を守る」という強い信念を持っていると感じた。彼らもまた地域住民の支持無くして成り立たないことをよくわかっているからだ。
だからこそ、路線の民間移譲も積極的に進め、共存共栄を図りながら、公共交通を守るべきではないだろうか。
また、京都市交通局も民営化の検討を本格化させねばならない。そもそも、直営に戻すと赤字になるという本質は、市営=公務員だからだという点に尽きる。行政が運営する限り民間並みの運行は出来ない。公営企業法や地方自治法などの様々な縛り、公務員=給与が高い問題、政治介入される、市場が独占されがちで競争原理が働かない、倒産リスクがないため危機感が少ない、最後は税金が投入されるなど課題は多い。そもそも、市営交通は圧倒的に民間バス会社に比べて有利なのだ。路線は実質的に自由に設置できるし、行政の協力も全面的に得られる。そして何より民間企業にとって必須の税金もない。(消費税等はあるが)そんな状況でも利益を出せないのだから、再興しなければならないのは必定だろう。ちなみに民営化すれば、税金投入どころか税収まで見込める。民営化の具体的な検討に入るべきだ。
京都市は今、厳しい岐路に立っている。
しかし、必ず乗り越えられると信じている。